つくばユナイテッドSun GAIAまとめ?(前編:沿革編)
絶望した!3年くらい前からチーム概要紹介文言が全然変わらないことに絶望した!
つくばユナイテッドは加藤の母校で筑波大のOBと現役選手で構成され、地域密着の運営などを目指すクラブチームとして発足した。
バレー|スポーツナビ
まぁ発足したのはそんな感じでだが、現状かなり変わってきているので、発足して最初の公式戦を戦う頃から現在までの流れを大まかにまとめてみた。後編は選手紹介になる予定だが明日だなぁ。
年代がわかりやすいように、歴代の筑波大学キャプテンを併記してみた(文中敬称略)。
2005/06(2005筑波大学主将:石島雄介)
2005年7月(東西インカレ)
- 帰国直後の加藤陽一(この大会のスポンサーとしても名を連ねていた)を迎えて賑々しく行なわれた東西インカレ。この大会最中に、筑波大学バレーボール研究室を母体としたあたらしいチームが起動することが発表された。
- 筑波大学OB+現役学生による紅白戦後、紅白を戦ったそれぞれのチームに付いていた愛称のどちらがあたらしいチームに相応しいか、ファン投票が行なわれた。得票の低かったほうの「Sun GAIA」が、なぜか愛称として採用された。
- Sun GAIAとは
- 太陽(Sun-自然の象徴としての太陽)
- 行政(Government)
- 大学(Academic)
- 産業(Industry)
- 市民(A Citizen) の意。
2005年8月
- 8月24日、つくばエクスプレス(TX)開業。9月3日、開業記念事業の一環として松田CEPの講演が行われた。
2005年11月(つくば市バレーボール教室&エキシビジョンゲーム)
- つくば市桜総合体育館にて、つくばユナイテッド-筑波大学のエキシビションマッチ。この日、つくばユナイテッドSun GAIAという名で初めてファンの前に登場した。スタメンは↓コメント参照。
2005年12月(全日本インカレ)
2006年1月(地域リーグ開幕)
- 緒戦は雪の降る池尻で富士通と。2セットを先取される厳しい展開から逆転で初勝利を収めると増村主将号泣。
- 以降は危なげなく失セット0で優勝し、和歌山で行なわれたプレーオフも全勝。
- 開幕前から、次シーズンのV1リーグはチーム増(8→10*1)が確定していたので、この時点でV1昇格内定。更に順位決定戦と称して北秋田で行なわれたV1・トヨタ自動車との試合にも勝利する。
2006/07(2006筑波大学主将:三上圭治郎)
2006年6月
- 活動母体「つくばユナイテッドVOLLEYBALL」がNPO法人となる。
2006年8月
- つくばカピオで開催された東西インカレで、NECブルーロケッツとエキシビションマッチを戦う。このとき、謎の新人「阿部」初登場。
- 国体の茨城県予選と日程が重なり、予選からトンボ帰りして会場をもり立てる選手の姿多々。
2006年10月
2007年1月~(2006/07V・チャレンジリーグ)
- 愛知県・大同特殊鋼体育館にて開幕。中盤負けが込んだが、後半追い上げた。しかし及ばず4位で終了。
- 開幕戦のスタメン:8三上→5石川→4小川→1増村→2菊池→3大久保(L13赤木)交代:12浦田
- 2月から#18西田合流。合流緒戦でアタック決定率73.5%と気を吐く。
- 当時のメンバーには大学4年生が非常に多かった。このうち、三上、丸山は内定先が決まっていたが、シーズン終了までSun GAIAの選手としてその務めをまっとうした。裏を返すと「その後」のチームづくりが非常に懸念された。
2007/08(2007筑波大学主将:菅直哉)
2007年4月
2007年5月
- 「つくばユナイテッドSun GAIA」として黒鷲旗に初めて出場する。
2007年6月
2007年7月
2007年10月
- この年から始まった天皇杯に出場。関東ブロック予選からの登場となり、ベンチ入り8人で戦った。この試合を限りに、学業専念のため、西田勇退。
- 7人((((゜д゜;))))と震えたところに、初の試みとして、筑波以外の大学からインターンシップ選手として3選手の加入が発表された。大木(宇都宮)、外山、小橋口(以上国際武道)。のち筑波大学からも5選手が追加登録されたが、この写真酷いす…
2007年11月
2008年1月-
- Webサイトリニューアル。あたらしいサイトはWordPressで構築された。
- このシーズンから山口監督が采配を振るっている。
- 2007/08V・チャレンジリーグ。溌剌とプレーしては各地でファンに囲まれる大木を中心に力強く戦ったが、FC東京、警視庁(ともにチャレンジマッチ出場)に一度も勝てなかったことが響き、チャレンジマッチ出場圏に届かず。
- 最終週、つくばカピオでのホームゲームはバレーボール学会総会との併催。恩師の前で勇姿を見せる阿部・大木、このシーズン限りでチームを離れる浦田、そして最後に声を詰まらせる菊池主将…非常に心に響く最終試合であった。しかし、大きな目標は次に持ち越し。
- 最優秀新人賞・大木、スパイク賞・石川、サーブレシーブ賞・赤木がそれぞれ受賞。
2008/09(2008筑波大学主将:鈴木悠二)
2008年5月
2008年6月
- 前年に引き続き堺ブレイザーズとの親善試合が福井で行なわれた。セットカウント3-2で堺に勝利した。親善試合とはいえ、V・プレミアリーグのチームに勝ったのは初めて。この試合で初めてトスを上げたセッター・岩田が目を引いたが、背中はなぜか「SOTOYAMA」だった。
2008年7月
- サマーリーグ初出場。急遽登録した鈴木が出場解禁日に間に合わなかったり、岩田が同様の理由で2日目のみの出場となったりと波瀾含みであったが、チームとしての収穫は大きかった。
- 東西インカレ「つくばスタイルカップ」にSun GAIA現役選手、OB多々出場。
2008年8月
- 東京ヴェルディから和井田移籍。
- Sun GAIAの選手を中心とした茨城県チーム、国体関東予選を勝ち抜き代表に。
2008年10月
- 天皇杯関東ブロック予選、昨年同様日体大との対戦となったが惜敗し、セミファイナルへは進出できず。
- 塚崎(国際武道大)久田(宇都宮大学)小橋口(国際武道大)がインカレ終了後合流。また和井田に加えて上場も東京ヴェルディから移籍。なお、筑波大学からは倉本・白取(ともに2年)が登録。
2009年1月-
- レギュラーラウンド→ファイナルリーグの2段階で行なわれた2008/09V・チャレンジリーグ、Sun GAIAはレギュラーラウンドを1位で通過したが、ファイナルラウンドで富士通に敗れ、更に天下分け目の大接戦となったFC東京戦も落として、悲願のチャレンジマッチ進出はならなかった。
- 山口監督はこの試合を最後に勇退し、清風学園に赴任した。
2009/10(2009筑波大学主将:篠村矩行)
2009年4月
- 2シーズン学生選手として参戦した小橋口、4月1日付で正式にSun GAIA入り。
- 黒鷲旗には出場しなかった。
2009年5月
2009年6月
- 山口監督の後任には、ここまで経営面で手腕を発揮してきた松田COOが兼任というカタチで監督に就任した。
2009年7月
*1:結局9になっちゃうわけだが